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丸岡城

丸岡城の周辺は、日本庭園式公園の「霞ヶ城公園」として整備されており、歴史的・文化的資源を有効に活用している公園として、「日本の歴史公園百選」に選ばれています。丸岡城天守閣を取り囲むようにソメイヨシノが植えられているこの公園は、「日本さくら名所100選」にも選ばれていて、桜が満開の頃は、桜が作り出す霞の中に丸岡城が浮かんでいる幻想的な風景や、夜間ライトアップされた丸岡城や桜を楽しむことができます。

時間 8:30~17:00
天守閣入城・城周辺散策・資料館入館で、所要45~60分。
料金 大人300円、小中学生150円(歴史民俗資料館入館料含)
※障害者手帳をお持ちの方は、50%割引いたします。
休み 無休
訪問時期 通年 (四季折々の風情・景色に触れられますが、特に桜の時期はおススメです)
アクセス [車]
・北陸自動車道丸岡ICから、約5分。国道8号線「一本田中第2」交差点から東方へ、約2分
[公共交通]
・JR福井駅前京福バス乗り場から「丸岡線」に乗車、約40分。「丸岡城」バス停下車、徒歩約5分。バスは、30分に1本程度あり
・JR芦原温泉駅前京福バス乗り場から「永平寺東尋坊線」または「長屋線」に乗車、約20分。「城入口」バス停下車、徒歩約7分。バスは、日中2時間に1本程度あり
問合せ先 霞ヶ城公園管理事務所 0776-66-0303

ワンポイントコラム

JRの駅では丸岡駅が最寄り駅ですが、丸岡城までは約4.5km程度離れています。丸岡駅からは、日中の丸岡方面行きのバスは3本しかないため、タクシー利用をおすすめします。(タクシーは、駅前のタクシー待合所から電話で手配できます)
※交通の便や費用のことを考えると、JR福井駅前からバスを利用された方が便利です。

丸岡城天守閣

今も小高い丘の上の、石垣の上にそびえる丸岡城。外観は二階建てに見えますが、内部は三階建て(二層三階)となっていて、城内へは急な石段を登って入ります。一階の壁には、「石落とし」や「狭間(さま)」を見ることができます。江戸時代につくられた城は、城主の権威を示すため、大きく立派で多層式のものが目立ちますが、丸岡城内は戦国時代の雰囲気。豪華さや優美さより、いたる所にある敵に対する備えの方が目を引きます。一階から二階、二階から三階へは、急な階段を登り綱の助けをかりながら上がります。

最上階三階の望楼は、ふもとから約35mの高さ。天気が良ければ四方の窓が開け放たれ、当時の城主が眺めたものと同様の丸岡の町並み、坂井平野の田園風景、かつて豊原寺があった山並みを、さえぎるものなく見渡せます。吹きぬける風が気持ちいい望楼から、城主になった気分で城下を眺めてみてはいかがでしょう。

ワンポイントコラム

丸岡城の天守閣

丸岡城の天守閣は、全国に現存する12の天守閣の中でもっとも古い建築様式を有しており、国の重要文化財に指定されている。(現存する天守閣とは、姫路城・松本城・犬山城・彦根城・弘前城・備中松山(高梁)城・松江城・丸亀城・(伊予)松山城・宇和島城・高知城と丸岡城であり、はじめの4城は国宝の指定を受けており、残りの8城は国重要文化財の指定を受けている)

みどころポイント

石落とし

ベランダのように天守から張り出していて、天守の石垣を登ってくる真下の敵に石を落としたり、弓や鉄砲を撃ったところ。写真は一階部にあるベランダ状の石落としです。

狭間(さま)

天守の壁面に空いている小さな穴や小窓のことで、石落とし同様、ここから石を投げたり、弓や鉄砲を撃つことができました。狭間は、様々な形・大きさで、他の階でも見ることができます。天守内の様々なところにいろんな形・大きさであります

二階部へと上る階段

二階部へと上る急な階段は登り綱をしっかりつかんで慎重に上りましょう。

丸岡城主と日本一短い手紙

日本一短い手紙「一筆啓上賞」

丸岡城主は、初代柴田勝豊からはじまり、その後明治維新まで17代続きます。 江戸時代に入り、福井藩から丸岡藩が分藩されると、「本多成重」が初代丸岡藩主(丸岡城主としては6代目)となり、以後本多家が4代83年間、有馬家が8代174年間、藩主(城主)を務めました。

「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」

この手紙は、徳川家康の忠臣「本多作左衛門重次」が、長篠の合戦(1575年)の折、陣中から妻に宛てて送ったもの。短い文章の中に大事なことが簡潔明瞭に言い尽くされています。この「お仙」とは、後の初代丸岡藩主になる本多成重(幼名:仙千代)のことです。

坂井市では、この日本一短い手紙を題材に全国から手紙を募り、平成5年から「一筆啓上賞」(平成15年からは新一筆啓上賞)を設け、町づくり事業に取組んでいます。これまでに応募された手紙は100万通を超え、それらの手紙は本や映画にもなっています。皆さんも、自分や家族・友達・恋人に関する手紙を書かれてみてはいかがですか。毎年のテーマや応募方法など、詳しくは(財)丸岡町文化振興事業団へ。

問合せ先 (財)丸岡町文化振興事業団 0776-67-5100

一筆啓上碑(丸岡城登城口横)

城周辺の散策路に展示されている
一筆啓上賞入賞作品

丸岡城の概要

城主17代300年の城下町

丸岡城築城前、この辺りの拠点は丸岡城より東方約4kmのところにあった「豊原寺」でした。豊原寺は、三千坊ともいわれる宿坊が立ち並ぶ大きな門前を有していました。

1573年、織田信長は、当時越前を治めていた戦国武将「朝倉義景」を討ち、都があった一乗谷を焼き払いました。すると、豊原寺をはじめとしたこの辺りの一向宗の勢力が増したため、1575年、再度織田信長が「越前平定」のため越前に攻め入り、豊原寺などの一向宗の拠点を焼き尽くしました。その後、柴田勝家の甥「柴田勝豊」がその豊原の地に居を構えましたが、翌1576年「まるこの岡」と呼ばれていた現在の丸岡城の場所に城を移しました。

江戸・明治・大正と丸岡の町のシンボルだった丸岡城は、昭和9年には国宝の指定を受けました。しかし、昭和23年の福井大震災により天守閣が倒壊してしまい、現在の丸岡城は、当時の建材等を使って昭和30年に再建されたものです。

全国各地には、城やそれに関係する場所がいくつもありますが、現存する天守閣は全国で12しかなく、北陸では、丸岡城のみ。この丸岡城は、現存する最古の建築様式を有しているとされ、戦後に定められた「文化財保護法」で、天守閣は国重要文化財の指定を受けています。今でも丸岡の町を巡ると、いたる所に城下町であったことをしのばせる場所や逸話が残っています。

人気のない林道横に佇む
豊原寺跡の地蔵

杉林の中にひっそりとある
豊原寺歴代院主の墓

住宅街を見下ろしてそびえる
丸岡城天守閣

丸岡城ゆかりの特産品紹介

久保田酒造

丸岡藩の奨励により、1753年からこの地で酒造りを行っている蔵元。前述の「日本一短い手紙『一筆啓上』入賞作品」をラベルに取り入れた純米吟醸「一筆啓上」を造り、上々の人気を得ています。

また、12月からの新酒の搾りの時期だけ造られる「鬼作左(おにさくざ)」もオススメ。地元の水、地元の酒米(蔵の横で作られた山田錦)、地元の人の手によって造られています。通常の搾りのものと、袋吊り搾りのものとの2種があり、搾りの違いを呑み比べてみてはいかがでしょうか。

「鬼作左」とは、日本一短い手紙を書いた「本多作左衛門重次」のこと。勇猛で頑固者でしたが、己を捨て主君家康のために尽くした作左衛門のことを、領民は親しみを込めてこう呼んだそうです。

時間 08:00〜17:00(酒蔵見学の場合は事前予約が必要です)
酒蔵見学・試飲会・酒蔵庭園見学で60分程度
料金 無料
休み 不定休
訪問時期 春夏秋季 (11月〜2月の仕込みの時期は、酒蔵見学はできません)
アクセス [車]
丸岡城より県道10号丸岡川西線で、約6分
問合せ先 久保田酒造 0776-66-0123

長く続く黒塀が
酒造りの歴史を感じさせます

人気銘柄の「一筆啓上」には
ラベルが8種あります

蔵には、昔の酒造りを紹介する
パネルや道具も展示されています

丸岡城にまつわる逸話

お静の涙雨

初代城主柴田勝豊が丸岡城築城の際、天守閣の石垣が何度も崩れるので人柱を入れることになり、子をかかえて苦しい生活をしていた「お静」は、子を侍に取り立ててもらうことを条件に人柱となりました。

その後、丸岡城は無事完成しましたが、柴田勝豊は近江長浜へ移ることとなり、結局、お静の子は侍にはしてもらえませんでした。それから、田植えの準備の頃になると、堀から水があふれるほど雨が降るようになり、人々はこれを「お静の涙雨」と呼ぶようになりました。

今でもこの時期に行われる丸岡祭(国神神社春季祭礼)は、天候に恵まれることが少なく、雨が降るたびにこの話を耳にします。

霞ヶ城

丸岡城築城後も一向宗の残党が城を襲うことがありました。しかし、その度に、天守閣横にある井戸から大蛇が現れ、城に霞をかけて城の危機を救ったと言われています。このことが丸岡城の別称「霞ヶ城」の云われだそうです。

現在は大蛇が噴き出す霞を見ることはできませんが、春、丸岡城を取り囲んでいる桜の花々の淡いピンクが霞のように見え、その中に丸岡城が浮かんでいるような幻想的な景色を作り出してくれます。

お静の霊をなぐさめる慰霊碑

不規則な石組みで高度な技術が必要な野面積みの石垣。戦国期特有の建築構造の1つ

桜が咲くと城に霞がかかったように
見えます

丸岡城下町を散策

みどころポイント

歴史民俗資料館

丸岡城のふもと(「一筆啓上茶屋」の南側)には、歴史民俗資料館があります。丸岡の古地図や丸岡城下の模型など、城下町散策の参考になる資料をはじめ、甲冑や刀剣、本多家の駕篭(かご)など、多数の貴重な品々が展示されています(入館料は丸岡城入城料に含まれています)。

丸岡城や歴史民俗資料館の周辺は、日本庭園式公園の「霞ヶ城公園」として整備されています。

内堀・外堀跡

丸岡城を取り囲んでいた内堀は明治期に埋め立てられ、今は道路となっていますが、外堀は用排水路となって、昔と同じところを静かに流れています。特に丸岡城の南側、覧友橋から神明橋・城のまち会館辺りまでは、現在田島川として流れる外堀跡に添いながら歩くことができます。

神明橋のたもとにある「タブの木」の古木は、国神神社の神木であり、今も昔と変わらず大きな枝葉を茂らせています。

屋敷跡・神社仏閣

神明橋北の「淨覺寺(じょうかくじ)」には、家老有馬天然の屋敷跡が残っています。近江八景を模したといわれる庭園の花木の間からは、丸岡城天守閣が頭をのぞかせています。

城南側の丸岡市街には、今なお多くの神社仏閣が残っています。その中の一つ「本光院」は、丸岡藩主本多家の菩提寺。境内の左手奥には、4基の大きな五輪塔が静かに立ち並んでいます。これは、作左衛門重次から3代藩主重昭までのもの。お家騒動で改易(取り潰し)を受けた4代藩主重益の墓はここにはありません。

有馬家の菩提寺は、丸岡高校近くの「高岳寺」。こちらにも歴代藩主をまつる五輪塔が静かにたたずんでいます。

ワンポイントコラム

桜の名所と知られるこの霞ヶ城公園には、ソメイヨシノの他にもシダレザクラなど数種類の桜を見ることができます。中でも珍しいのは、薄く緑色がかった花を咲かせる桜。ソメイヨシノより数日遅れて咲くようです。公園内をくまなく散策して、この珍しい桜の姿を探してみてはどうでしょうか。(種としては、鬱金(うこん)桜だと思われます)

その他の見どころ

丸岡藩砲台跡

欧米列強が鎖国下の日本に来航し、開国を迫っていた頃、江戸幕府から全国諸藩に海岸を警備するよう命があり、1852年丸岡藩が建設したのが坂井市三国町梶に残るこの砲台跡。弓状に築かれた土塁には5ヶ所の砲眼といわれる大砲を備える窪みが設けられています。

幾分草むしてはいるものの、当時の形をよくとどめていることは全国的にみても大変稀であり、国の指定史跡になっています。目の前には大きな日本海が広がり、左手には越前松島、右手には浜地・波松から加賀へと続く海岸線を望める、絶好の景勝地です。

海岸沿いにひっそりと佇む土塁には、砲眼という窪みが5つあります

今はかつてのような緊迫感はなく、波穏やかな豊饒の日本海が広がっています


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